装丁の美しさに惹かれて買って、やっと読んだ本。
というのは、恋愛小説が少し苦手…だということもあり積読になっていた。
しかし、読みだしたら第一章で一冊分でもいいのではないだろうかと思えるほど内容が胸に迫ってきて、一気読み。
久しぶりに終盤「この小説の世界から抜け出したくなーい」という沼に陥った作品だった。
恋愛小説だけれど、人生の様々な問題を孕む。なぜなら、恋愛とは生きることそのものだからである。
誰もが経験したり、感じたりしたことがちりばめられチクリと胸が痛む。
ヤングケアラーの二人だけれど、ヤングも、アダルトも、男も女も、LGBTQの人も、どの人にも引っかかるものがあるのではないだろうか。
冒頭から不穏
月に一度、わたしの夫は恋人に会いにいく。
プロローグはこの一文で始まる。
不穏な書き出しである。
しかし、どこまでも柔らかな陽光を感じさせ、穏やかな空気の流れる情景描写。「わたし」の心も穏やかだ。
瀬戸内といえばオレンジやレモンの柑橘系のみずみずしい色を感じさせて、それなのにこの書き出しとは…
違和感しか感じない。
風光明媚な瀬戸内の島に育った高校生の暁海と、自由奔放な母の恋愛に振り回され島に転校してきた櫂。ともに心に孤独と欠落を抱えた二人は、惹かれ合い、すれ違い、そして成長していく。生きることの自由さと不自由さを描き続けてきた凪良ゆうが紡ぐ、ひとつではない愛の物語。
引用:講談社
青埜 櫂(あおの かい)
母子家庭で父親は、櫂が生まれてすぐ病死。
母親は、常に男出入りが激しい。
京都で知り合った男を追って、瀬戸内の小さな島へ越してきた。
十七歳の高校生。
井上 暁海(いのうえ あきみ)
父親は、刺繍教室の女と浮気をしている。
今年で三年目。
もう、家に戻ってこなくなった。
母親は、次第に精神が不安定になり暁海を不安にさせる。
全校生徒90人にも満たない高校に通う。
進学も考えているが、それもできそうにない。
櫂と同じ高校に通う十七歳。
島の生活
瀬戸内の小さな島が二人の出会いの場であり、拠り所でもあるのだけれど。
小さな島にはエンタメもなく、人のうわさがすぐに広まる。
住んでる人の一挙手一投足がわかり、隠し事などできない。
以前読んだ、『水たまりで息をする』での都会の近隣への無関心という生活とは真逆だ。
私の住んでいる地方都市でも、個人が個人として特定されるので、隣近所の付き合いや立ち話で家庭の様子はよくわかる。
コロナ禍の最中では、他県に親の様子見で行った家族が
「近所の目がある、他県ナンバーの車が止まっているのは迷惑なので来ないでほしい」
と言われたそうで、ムラ意識をまざまざと感じたと言っていた。
現代でも、そんな地方独特の文化が残るので、小さな島での生活は容易に想像できる。
もちろん、困っているところに声かけをして助け合うという良い面もあるのだが…
生まれながらに重い荷物を持って生まれてくる子、身軽にただ体一つで生まれてくる子
櫂も暁海もともに母親という重荷を背負って生きている。
櫂の母親は、金銭面でも精神面でも息子の櫂に頼ろうとし、櫂も母親の身勝手を突き放すことができない。
暁海の母親は、精神的に不安定で暁海は母親のそばを離れることができない。
そのことが、二人の恋愛や生き方に何かしら影を落としている。
本人たちも不自由な縛りから逃れることができない。
しかし、ただ一人暁海の父親の恋人の瞳子は
「暁海ちゃんは好きに生きていいの」
と言う。
女だからとか男だからとかではなく、経済的に自立するのは自由を手に入れること。
瞳子の言葉や振る舞いが、櫂や暁海に光を見出させる。
また、二人の高校時代の先生
櫂の仕事上の相棒
編集者(櫂は後に物書きになる)
周りの人々がそれぞれに重荷を背負っているのだが、自分の人生を生きようとしている。
誰のためではなく自分のために
選択は自分にある。
誰のためではなく、誰のせいでもなく
幸せになる権利がある。
その権利をどう探っていくのか。
登場人物それぞれの物語と成長。
そして、プロローグの不穏な一文に帰着する。
今度は、涙と共に読むことになる。
そして、また初めから読みたくなる。
正しいことだけでは息が詰まる。
正しくはないけど不快ではない。
著者の凪良ゆうさんの言葉に身が軽くなった。